低山縦走には、不思議な力がある。
アルプスのような圧倒的スケールもない。
岩稜帯のような緊張感もない。
だが、かつて自分が「登山」というものに触れ始めた頃の感覚を、静かに呼び戻してくれる。
今回歩いたのは、弘法山から念仏山、高取山を経て大山へ至る縦走路。
丹沢の主脈に比べれば比較的穏やかなルートだが、17.4km・累積標高1539mという数字は決して軽くない。
そして今回のテーマは二つ。
・9.9kgでの歩荷トレーニング
・新しい登山靴の慣らし
天候は曇り。
前日の雨もあり、路面はやや湿っていた。
だが逆に言えば、新しい靴の性能確認にはちょうどいい条件だった。
コースタイム
| 時刻 | ポイント |
|---|---|
| 05:52 | 秦野駅 |
| 06:13 | 弘法山公園入口 |
| 06:56 | 弘法山 |
| 07:52 | 念仏山 |
| 08:55 | 高取山 |
| 10:47 | 西の峠 |
| 11:45 | 大山 |
| 12:54 | 見晴台 |
| 13:43 | 阿夫利神社下社 |
| 13:53 | 大山ケーブルバス停 |
登山を始めた頃の「急登」
秦野駅から舗装路を歩き、弘法山公園入口へ。

久々に歩くこの道は、どこか懐かしかった。
登山を始めて1ヵ月目の頃、ここを「とんでもない急登」だと思っていた。
息が切れ、脚が止まり、山という存在の厳しさを感じた道。

だが今歩くと、もちろんキツさはあるものの、身体は普通についてくる。
登山を続けるというのは、こういうことなのだと思う。
昔と同じ道を歩いた時、初めて自分の成長に気付ける。
弘法山から念仏山へ
弘法山周辺は、相変わらず空気が穏やかだった。

カタツムリを見たのは、何年ぶりだっただろうか。
湿った森。曇天。静かな登山道。

派手さはない。
だが、こういう時間は嫌いではない。
念仏山という名前も相変わらずインパクトがある。
初見だと「本当にその名前なのか?」と思うレベルだ。

途中、扉が固着して開かない場面もあった。
一瞬、「まさか撤退か……?」と思ったが、強引に引いたら普通に開いた。

登山では時々ある。
想定外の小トラブルほど妙に印象に残る。
誰もいない高取山
高取山に着いて驚いた。
誰もいない。

以前来た時はかなり混雑していた記憶がある。
だがこの日は無人だった。
天気の影響もあるのだろう。
だが、静かな山頂というのはやはり良い。
山は、本来こういう空間だったはずだと思う。
鉄塔と巡視路、そして“丹沢っぽさ”
高取山以降は、どこか人工物の気配を感じる区間が増えていく。
防衛省やNTTドコモの中継所。
鉄塔。巡視路。

無機質な構造物なのに、不思議と山に馴染んでいる。
浅間山付近の使われなくなった鉄塔も印象的だった。
役目を終えた設備には、独特の寂しさがある。
そして蓑毛越を越え、西の峠方面へ入る頃から空気が変わる。
「ああ、丹沢っぽいな」

湿った土。
木の根。
少し荒れた登山道。
低山ハイク的な雰囲気から、徐々に“山”の表情になっていく。
19丁目手前は若干急登気味。
9.9kgの荷重もあり、じわじわ脚に来る。

歩荷トレーニングの現実
今回の歩荷は9.9kg。
結論から言えば、まだ増やせそうだった。
肩の痛みも出ない。
荷重分散も比較的うまくいっている。
だが問題は別のところにあった。
下りで制動時に違和感がある。
身体がザックに振られる感覚。
重さに対して、まだ体幹や下半身の“支える力”が足りていない。
歩荷は単純な筋力だけではない。
荷重を制御する能力が必要になる。
特に大山のような下りでは、それが顕著に出る。
逆に言えば、今の段階でその違和感を認識できているのは良い傾向でもある。
無理に重量だけを増やすと、フォームが崩れ、膝や腰に来る。
現在の9.9kgは、かなり絶妙なラインに見える。
大山山頂、そして曇天
大山山頂は相変わらずの混雑。

山頂標識には長蛇の列。
もはや高尾山レベルである。

ただ、この日は眺望が完全に沈黙していた。
塔ノ岳方面も真っ白。
だが、不思議と悪くなかった。

山は、常に絶景を見せてくれるわけではない。
むしろ、何も見えない日をどう感じるかの方が、その人の登山観が出る気がする。
静かな曇天。
風の音。
こういう時間もまた、大山らしい。
新しい靴は、やはり違った
今回投入した新しい靴は、買い増しした同モデル。

つまり“新しい挑戦”ではない。
だが、それでも違いは明確だった。
グリップする。
やはりソールが減った登山靴は、想像以上に性能が落ちている。
特に湿った路面では差が分かりやすい。
新品特有の硬さもほとんど感じず、終始スムーズだった。
同じ靴を履き続けるメリットは、こういう部分にある。
登山靴はロマンだけで選ぶものではない。
積み重ねた経験値との相性も重要だ。
原点回帰の縦走
今回のルートには、特別な“名峰感”はない。
だが、登山を始めた頃の記憶が随所に残っていた。
昔は急登に感じた場所。
初めて歩いた尾根。
懐かしい分岐。
登山歴を重ねるほど、人は難しい山へ向かっていく。
より高く。より険しく。
だが時々、こうして原点の道へ戻ると分かる。
結局、自分を作ったのはこういう山だったのだと。
そして大山ケーブルバス停へ下山。

長い縦走を終えた身体には疲労感があった。
だが、それ以上に“しっくり来る感覚”が残っていた。
派手ではない。
だが、確かに良い山行だった。





