山では「繋がらない」が前提だった。
電波が届かないことを前提に、行動し、判断し、帰ってくる。それがソロ登山の基本だ。
だが、その前提が揺らいでいる。
KDDIが発表した「au Starlink Direct」と、ヤマレコの連携。
圏外でも緊急通報が可能になるというこの一手は、単なる利便性の向上ではない。リスク管理の“考え方”そのものに影響を与える。
そして私は、この流れに少し早めに乗った側だ。
すでに契約・設定を済ませ、実際に山での通信挙動を試し始めている。

回線冗長化という「幻想」
これまでの構成はこうだ。
- povo 2.0(au回線)
- 日本通信SIM(docomo回線)
いわゆるデュアル回線運用。
一見すると堅牢に見えるが、山では違う顔を見せる。
”auが圏外の場所は、docomoも圏外”
これは体感ベースの話ではあるが、かなりの確度で当たる。
尾根でも通じない場所はあるし、谷では議論する余地すらない。
キャリアを分けることで安心感は得られる。
だが実態としては、
同じインフラに依存している時点で“同時に死ぬ”
これはバックアップではない。単なる冗長化の錯覚だ。
衛星という「別経路」
そこで意味を持つのが、au Starlink Directだ。
このサービスの本質は明確で、地上基地局に依存しない通信経路を持つことにある。
つまり
- キャリアの差に影響されない
- 圏外という概念を超える
- 条件は「空が見えるかどうか」に変わる
実際に試してみると、接続までの“間”や、通信の不安定さは感じる。
それでも「ゼロではない」という事実は大きい。
完全に遮断される状況と、細くても繋がる可能性がある状況では、心理的にも判断の余地が変わる。
ただし、過信は成立しない
ここを履き違えると危険だ。
■ まだ発展途上
現状はテキスト通信中心。
ヤマレコとの連携もこれから。
つまり、
“完成された遭難対策ツール”ではない
■ 環境に強く依存する
試していて感じるのは、
- 樹林帯では不安定
- 谷では厳しい
- 視界が開けると安定する
という分かりやすい挙動。
日本の山は意外と空が狭い。
衛星通信だから万能、という認識は現実とズレている。
■ 即応性は限定的
接続までに時間がかかるケースもある。
通信もリアルタイムとは言い難い。
「スマホが普通に繋がる感覚」と同一視すると判断を誤る。
Garmin inReachとの比較
衛星通信という領域では、すでに完成されたプロダクトがある。
それがGarmin inReachだ。
| 項目 | au Starlink Direct | Garmin inReach |
|---|---|---|
| デバイス | スマホのみ | 専用端末 |
| 初期コスト | 低い | 高い |
| 通信方式 | Starlink衛星 | Iridium衛星 |
| SOS機能 | 限定的(今後強化) | 常時監視の専用SOS |
| 双方向通信 | 制限あり | 安定して可能 |
| 実績 | これから | 多数の救助実績 |
| 重量 | 追加なし | 約100〜200g増 |
| 信頼性 | 発展途上 | 高い |
現実的な立ち位置
両者の関係は競合というより、用途が異なる別カテゴリに近い。
- Starlink Direct:日常延長で使える軽量な“保険”
- inReach:明確に“命を預ける装備”
この差は小さくない。
ソロ登山における最適解
現時点での落としどころはこうなる。
- メイン:povo(通常通信)
- 補助:Starlink Direct(圏外対策)
- 高難度山行:inReach(必要に応じて)
Starlink Directは確かに有用だ。
だが、それ単体で「完全な安全」を担保する段階にはない。
最後に
実際に使ってみて感じるのは、
“0が1になる”価値は確かにある
ということだ。
ただし、その1はまだ細い。
そして簡単に途切れる。
通信に救われるケースは確実に増えるだろう。
だが同時に、「繋がる前提で無理をする」という新しいリスクも生まれる。
結局のところ、本質は変わらない。
- 引き返す判断
- 時間の管理
- 無理をしない選択
技術は進化する。
だが、生還率を左右するのは、今も昔も人間側の判断だ。






