負荷をかけるという選択
山行の質は、快適さではなく「崩れないかどうか」で測るべきだと思っている。
今回の目的は、トレッキングポールの導入、歩荷による重量負荷、そして衛星通信の検証。この三つを同時に成立させることだった。
ルートは鍋割山から塔ノ岳、さらに三ノ塔へと抜ける縦走。距離21km、累積標高約1,600m。日帰りとしては長めだが、負荷をかけるにはちょうどいい。
今回のコースタイムは以下の通り。
| 時刻 | 行動 |
|---|---|
| 07:09 | 大倉バス停 出発 |
| 07:56 | 黒竜の滝 |
| 08:21 | 二俣 |
| 09:16 | 後沢乗越 |
| 10:12 | 鍋割山 |
| 10:27 | 鍋割山荘 |
| 11:15 | 大丸 |
| 11:36 | 塔ノ岳 |
| 12:02 | 尊仏山荘 |
| 12:41 | 塔ノ岳 出発 |
| 13:19 | 行者ヶ岳 |
| 14:05 | 烏尾山 |
| 14:11 | 三ノ塔 |
| 16:19 | 大倉バス停 着 |
(行動時間:9時間10分 / 距離:21.4km / 累積標高:約1,650m)
数字としては成立しているが、今回の本質はそこではない。負荷をかけたときに、どこで崩れるのか。その確認だった。
沢から稜線へ:鍋割山までのアプローチ
大倉を出発し、沢沿いのルートへ入る。黒竜の滝、二俣と通過し、渡渉を繰り返しながら高度を上げていく。序盤としては穏やかだが、確実に脚を使わせる構成だ。

鍋割山に到達した時点で、水を2L追加。一時的にザックは約9kgとなる。歩荷としては軽量だが、日帰り装備としては明確な負荷。ここで重要なのは重量そのものではなく、その影響をどう受けるかだ。

腰に乗せる意識はあったものの、時間の経過とともに肩へと負担が移行していく。この段階で既に、パッキングとハーネス調整の甘さが露呈していた。
稜線の持久戦:塔ノ岳までのリズム
鍋割山から稜線に出ると、景色は開けるが楽になるわけではない。小丸、大丸と細かいアップダウンを繰り返し、一定のリズムを維持し続けることが求められる。
塔ノ岳に近づくにつれて人は増え、山頂は賑わいを見せていた。工事の影響もあり、どこか落ち着かない空気が流れている。尊仏山荘でコーヒーを飲み、短時間の休憩。完全に止まるのではなく、流れを切らない程度に回復させる。このバランスが長時間行動では重要になる。


技術区間:表尾根と鎖場の変化
塔ノ岳から表尾根へ。木ノ又小屋を通過し、新大日でトレッキングポールを収納する。ここから先は、道具に頼るよりも身体のバランスで進む区間に変わる。

行者ヶ岳の鎖場では、ほぼ鎖を使わずに通過できた。これまでの経験の積み重ねが形になり始めている。ただし、それはあくまで条件付きだ。環境が変われば、同じ動きは通用しない。

技術が伸びている実感と、限界がどこにあるのか分からない不確実さ。その両方を抱えながら進むことになる。
静と疲労:三ノ塔とその先
烏尾山を越え、三ノ塔へ。塔ノ岳の喧騒とは対照的に、ここには静けさがある。視界は開け、歩いてきた稜線が一望できる。

しかし、山行としての核心はここからだった。三ノ塔から大倉へ下る樹林帯。技術的な難易度は高くないにもかかわらず、疲労と単調さが重なり、精神的な消耗が強くなる。

長い下りは身体ではなく集中力を削る。「難しくないのに辛い区間」にどう向き合うか。この課題は明確に残った。
装備の検証:ザック・ポール・行動食
ザックの重量は最大9kg。数値としては問題ないが、肩への痛みが残った。これは体力の問題ではなく、荷重分散とパッキングの技術不足だ。
トレッキングポールについても同様で、使う場面と使わない場面の切り替えが曖昧だった。適切に使えば負担軽減になるが、使い方を誤れば単なる障害物になる。
行動食はドリンク中心。食欲が落ちる状況では合理的だが、持続性という観点では改善の余地がある。
通信という安心:衛星接続の現実
今回導入した衛星通信は、気付かないうちに接続されているという点で、従来とは異なる安心感をもたらした。
ただし、それはあくまで通信手段があるというだけで、安全を保証するものではない。判断と行動の責任は変わらず自分にある。この前提は崩れない。
総括:できた山行ではなく、見えた山行
今回の縦走は成立している。距離も時間も、負荷も許容範囲内に収まっている。
だが重要なのは、装備と身体の間にあるズレが明確になったことだ。体力で押し切れている部分と、技術が追いついていない部分。その境界がはっきりと見えた。
負荷をかけたときにしか見えないものがある。その輪郭を掴めたこと自体が、今回の成果だった。






