丹沢には数え切れないほどの登山ルートが存在するが、その中でも以前から気になっていたのが、大山から札掛を経由して塔ノ岳へ向かう縦走ルートである。
大山から塔ノ岳へ向かうルート自体は珍しくない。しかし、多くの登山者はヤビツ峠や表尾根を利用するため、一度札掛まで大きく下り、黒龍尾根で登り返すルートを選ぶ人はそれほど多くない印象だ。
今回は歩荷トレーニングなどは行わず、純粋に現在の体力を確認することを目的として歩いてみることにした。
結果から言えば、体力面での成長を実感できた一方で、精神面にはまだ課題が残ることを再認識する山行となった。
山行データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| コース | 大山ケーブルバス停 ~ 大山 ~ 札掛 ~ 丹沢ホーム ~ 黒龍尾根 ~ 新大日 ~ 塔ノ岳 ~ 大倉 |
| 距離 | 22.3km |
| 累積標高差 | 登り2,250m |
| 累積下降 | 下り2,271m |
| 行動時間 | 10時間45分 |
| 歩行時間 | 9時間39分 |
| 休憩時間 | 1時間12分 |
| 天候 | 曇り |
コースタイム
| 時刻 | ポイント |
| 06:30 | 大山ケーブルバス停 出発 |
| 07:24 | 阿夫利神社下社 |
| 08:32 | 大山山頂 |
| 10:40 | 地獄沢橋 |
| 10:57 | 丹沢ホーム |
| 12:40 | 上ノ丸 |
| 14:06 | 新大日 |
| 14:45 | 塔ノ岳 |
| 15:28 | 花立山荘 |
| 16:14 | 堀山の家 |
| 16:55 | 観音茶屋 |
| 17:16 | 大倉 到着 |
登山者の少ない大山
当日の天気は曇り。決して絶好の登山日和とは言えなかったが、雨の心配はなさそうだったため予定通り出発した。
大山ケーブルバス停に到着してまず感じたのは、登山者の少なさである。土曜日にもかかわらずバスには空席があり、登山道も普段より静かだった。天候の影響なのか、それともケーブルカー運休の影響なのかは分からないが、少なくとも混雑とは無縁の山行になりそうだった。

今回も迷わず男坂を選択する。下社までの石段は決して楽ではないが、大山らしさを感じられる好きな区間だ。

阿夫利神社下社からはガス越しではあるものの相模湾方面を望むことができた。その後、山頂へ向けて歩みを進める。

山頂に到着した頃には雲海も広がり、天候のわりには悪くない景色を見ることができた。しかし、この時に目に入った塔ノ岳方面の稜線を見て、思わず苦笑してしまった。
遠い。
地図では理解していたつもりでも、実際に見るとその距離感はまるで違う。

ここから一度札掛まで下り、再び塔ノ岳まで登り返すのである。改めて、このルートが決して楽な縦走ではないことを実感した。
忌まわしき脚立との再会
大山から塔ノ岳方面へ向かう登山道は、表参道とは打って変わって静かな雰囲気になる。
途中には以前、登山道だと思わず引き返してしまった例の脚立がある。久しぶりに訪れてみると、なんとピンクテープが設置されていた。

やはり迷う人は少なくないのだろう。
以前の自分だけではなかったことに少し安心しながら先へ進む。
この区間はアップダウンを繰り返しながら進むが、まだ気力も体力も十分に残っている。ガスがかかる稜線や幻想的な樹林帯を楽しみながら歩くことができた。
札掛までは順調、しかし…
境沢ノ頭から地獄沢橋へ向かって高度を下げる。
長く続いた稜線歩きも終わり、ようやく谷へ下りてきたという感覚だ。

札掛周辺は丹沢の中でも独特の雰囲気がある。賑やかな大山周辺とはまるで別世界で、人の気配がほとんどない。
ここまでは非常に順調だった。
しかし、丹沢ホームを過ぎたあたりから状況が一変する。
ヒルである。

歩き始めて数分で足元を確認するとヒルが付いている。取り除いて再び歩き出す。また付いている。
それを何度も繰り返すことになった。
丹沢のヒルは有名だが、ここまで多いとは正直予想していなかった。
そして最大の失敗は、ヒル忌避剤を持参していなかったことである。
今まで何度も丹沢を歩いているにもかかわらず、この時期に対策なしで入山したのは完全に油断だった。
本気で撤退を考えたのも、この区間である。
黒龍尾根が削るのは脚ではなく心
ヒル地帯を抜けても苦しさは終わらない。
黒龍尾根は長い。
展望が少なく、樹林帯が延々と続く。加えて当日はガスが濃く、周囲は薄暗かった。
すれ違う登山者もほとんどいない。
体力的にはまだ余裕がある。
心拍数が限界というわけでもなく、脚が売り切れた感覚もない。
それでも気持ちが前へ向かない。
登山を続けていると、体力的な限界と精神的な限界は別物だと感じることがある。今回まさにその状態だった。
終わりの見えない樹林帯。
ヒルへの警戒。
景色の変化の少なさ。

そうした要素が少しずつ積み重なり、想像以上に精神力を消耗させていく。
振り返ってみれば、今回の山行で最も苦しかったのは急登そのものではなく、この区間だったのかもしれない。
新大日から一気に楽になる
ところが、新大日に到着した瞬間、不思議なことが起こった。

それまで重かった足取りが急に軽くなったのである。
理由は単純だ。
見慣れた表尾根へ出たからである。
どこまで行けば塔ノ岳なのか。
あとどれくらい時間がかかるのか。
今どの位置にいるのか。
それが分かるだけで精神的な負荷は大きく減る。
体力が回復したわけではない。
しかし気持ちは明らかに楽になった。
登山は脚だけで歩くものではない。
心でも歩いている。
そんな当たり前のことを改めて実感した瞬間だった。
ガスの塔ノ岳
塔ノ岳に到着した頃には周囲は完全にガスの中だった。
残念ながら眺望はない。

それでも達成感は十分だった。
大山から札掛へ下り、黒龍尾根を登り返し、塔ノ岳まで歩き切る。
数字以上に精神的な負荷の大きいルートだっただけに、山頂へ立った時の安堵感は大きかった。
塔ノ岳は何度も登っている山だが、同じ山頂でもそこへ至る過程によって印象は大きく変わる。今回の塔ノ岳は、これまで以上に「たどり着いた」という感覚が強かった。
ヴィクトリーロードを下る
その後は大倉尾根を下山した。
途中には台風の影響と思われる倒木も見られたが、通行に支障はない。

花立山荘、堀山の家、観音茶屋には多くの登山者が集まっており、静まり返った黒龍尾根との対比が印象的だった。

長い縦走を終えた後の大倉尾根は不思議と足取りが軽い。
疲労はあるはずなのに、ゴールが近づいていることが分かるだけで気持ちは前向きになる。
17時16分、大倉へ無事下山。

長かった一日がようやく終わった。
まとめ
今回の山行は、自分の現在地を確認するという意味で非常に有意義だった。
距離22.3km、累積標高差2,250mという数字だけを見ると厳しい山行だが、最後まで大きく失速することなく歩き切れたことから、体力面については着実に向上していると感じる。
一方で、ヒルや長い樹林帯、単調な登りによる精神的な負荷にはまだ改善の余地があることも分かった。
登山は筋力や心肺機能だけで決まるものではない。
長時間行動になればなるほど、最後に問われるのは精神力なのだと思う。
そして今回、もう一つ強く学んだことがある。
丹沢のヒルを甘く見てはいけない。
次回このルートを歩く時は、ヒル忌避剤を忘れずに携行しようと思う。






