大倉尾根は、今日も変わらず人を迎えていた。
規制が解除された直後だというのに、登山口の空気はいつもと同じだ。人が集い、歩き出し、淡々と高度を上げていく。山は何事もなかったかのように、登山者を受け入れている。
だが、違和感は確かに存在していた。
今回の山行は、大倉尾根から塔ノ岳へのピストン。
装備重量増加を見据えたトレーニング―それは半分だけ本音で、もう半分は、堀山の家を自分の目で見るためだった。
いつも通り、という異様さ
大倉バス停から歩き出す。混雑具合は、普段の土曜日と変わらない。
観音茶屋、見晴茶屋、一本松。リズムよく高度を稼ぎながら、身体は自然と「いつもの大倉尾根」に順応していく。

規制線は、もうない。
通行止めの名残も、誘導もない。登山道は、完全に“開いて”いた。

それが、かえって異様だった。
堀山 ―― 立ち止まらざるを得ない場所
堀山に差し掛かると、空気が変わる。
足を止める登山者が増え、言葉数が減る。ここでは誰もが、歩みを速めようとはしない。

焼け跡。
焦げた木。
そして、視界に入ってきた看板の残骸。
「あれは……堀山の家の、看板ですよね」

誰かが呟く。その言葉に、誰も否定しない。
受け入れがたい光景だった。失われたものの大きさは、数字でも距離でも測れない。
堀山の家は、単なる休憩地点ではなかった。
登山者の記憶が、幾層にも積み重なった“場所”だったのだ。
それでも登山道は続いている
小草平を越え、天神尾根分岐へ向かう頃、焼損範囲はさらに広がる。
天神尾根付近は、想像以上に燃えた痕跡が残っていた。

それでも、危険箇所はない。
歩ける。登れる。下れる。
この事実が、山の冷静さを物語っている。
人の感情とは無関係に、登山道は機能し続けている。
塔ノ岳 ―― 変わらぬ頂で
花立を越え、金冷シを抜け、山頂へ。
塔ノ岳は、いつも通りそこにあった。

尊仏山荘でコーヒーをいただく。
湯気の立つカップを手に、景色を眺めながら思う。

失われたものは確かに大きい。
だが、山は続いている。
そして、人はまた歩き続ける。
下山 ―― 語られる記憶
下山時、堀山の家付近では、再び人が足を止めていた。
思い出を語る声。笑い声。沈黙。
これだけ愛された山小屋だったのだ。
だからこそ、誰もが願っている。
いつか、またここに灯がともることを。
コースタイム
| 時刻 | 行動地点 | 備考 |
|---|---|---|
| 07:07 | 大倉バス停 出発 | |
| 07:11 | 大倉山の家 | |
| 07:21 | 丹沢ベース | |
| 07:28 | 観音茶屋 | |
| 07:43 | 雑事場ノ平 | |
| 07:48 | 見晴茶屋 | ※1・2月休業 |
| 08:02 | 一本松 | |
| 08:16 | 駒止茶屋 | |
| 08:24 | 堀山 | |
| 08:31 | 堀山の家跡 | |
| 08:40 | 小草平 | |
| 08:57 | 天神尾根分岐 | |
| 09:18 | 花立山荘 | |
| 09:34 | 花立ノ頭 | |
| 09:39 | 金冷シ | |
| 09:55 | 塔ノ岳 到着 | |
| 10:35 | 塔ノ岳 出発 | 休憩 |
| 10:47 | 金冷シ | |
| 10:52 | 花立ノ頭 | |
| 10:59 | 花立山荘 | |
| 11:19 | 天神尾根分岐 | |
| 11:35 | 小草平 | |
| 11:41 | 堀山 | |
| 11:48 | 駒止茶屋 | |
| 11:59 | 一本松 | |
| 12:11 | 見晴茶屋 | |
| 12:14 | 雑事場ノ平 | |
| 12:26 | 観音茶屋 | |
| 12:32 | 丹沢ベース | |
| 12:42 | 大倉山の家 | |
| 12:45 | 大倉バス停 到着 |
終わりに
規制は解除された。
だが、失われた時間と記憶は、簡単には戻らない。
それでも、大倉尾根は歩ける。
今日も、明日も、登山者を迎え入れる。
山は逃げない。
ただ静かに、そこに在り続けている。






